2015年6月3日水曜日

Israel Day 3: Masada -- イスラエル3日目:マサダ

イスラエル3日目。

朝は早起きして死海に浮かびながら日の出を待ちました。
日中、大地が吸い込んだ熱のおかげで日の出前、一日のうちで一番気温が低い時間帯であっても、20度ほどあったように記憶しています。
死海の水温は「冷たい」とまでは行きませんが、それでも少し冷んやりしていました。

でも東の空、ヨルダン側から太陽が顔を出し始めると、水温がすぐに温かくなるのを感じられました。
太陽って本当にすごい。

この日は、第一次イスラエル戦争の遺跡であるマサダ、旧約聖書のサムエル記上23章28節〜24章22節の舞台であるエン・ゲディ、死海文書が発見されたクムラン、そしてイエス・キリストが洗礼を受けたヨルダン川を訪れました。

どれもこれもイスラエル、そして宗教的にとても重要な場所でありますが、私はその中でも『マサダ』のことが、一番強く印象に残っています。

上空から見たマサダ。
(写真はWikipediaより)

マサダの要塞は紀元前100年頃、ハスモン家のアレキサンダー・ヤンナイウスが最初に築き、後にヘロデ王が万が一の避難所として改修・強化しました。
高さ400メートルの切りだった岩山の頂上に建てられたこの要塞は難攻不落と言われていましたが、66年にローマ帝国との大戦が始まり、70年にエルサレムが陥落した後、熱心党の一派であるシカリ派の避難民967名が、このマサダの要塞に立て篭りました。
(※熱心党:イエス時代に存在したユダヤ教の政治的宗教団体)

15,000人のローマ軍兵士で包囲するも、難攻不落と言われたこの要塞の陥落にローマ軍は相当手こずりましたが、やがてイスラエルの捕虜と奴隷を大量動員して、土を運び崖を埋め、城壁を乗り越える突破口の建設を開始しました。
イスラエル側も応戦するものの、同胞が戦線にいては、攻撃も躊躇したかもしれません。

その後も必死に抵抗するものの、城壁は着実に埋められ、明日、ローマ軍が城内に突入してくるであろうという日の前夜、指導者は中でも屈強な兵士を城内のシナゴーグに集め、集団自決の意を伝えます。
抵抗すれば全員が殺され、降伏すれば全員が奴隷となるのが、当時の習慣でした。
かつてエジプトで奴隷だった頃の屈辱的な経験から、最後までここに残ったイスラエルの民は、ローマ軍に殺されることも、再び奴隷になることも拒絶し、自らの手で命を絶つことを選んだのです。

ご存知の方も多いと思いますが、ユダヤ教では自殺は禁止されています。
その為、まず集められた男たちが家族や近隣の同胞たちにこの決意を伝え、それぞれを殺し、残った男たちも順番に殺し合い、最後に残った一人、恐らく指導者と見られる人物が自決し、73年にこの戦いは終わりました。
このとき歴史上、イスラエル民族は滅亡しました。

マサダと麓からマサダに続く『蛇の道』。
下から徒歩だと1時間余り。
ケーブルカーだと3分ほど。(待ち時間は含まず)

(写真はWikipediaより)

しかしその後、水や食糧の保存してある穴で、7人の生存者が見つかりました。
2人の女性と5人の子ども。
そして、ローマ軍が突入する前夜に何があったのか、彼らの口からそのときの真実が語られたのです。

この話しが語られたのは、指導者が男たちに自決の意を伝えたと言われているシナゴーグ。
太陽が照りつけ、乾いた風が吹く中、当時その決意を聞かされたであろう兵士と同じ場所に座り、目を閉じて話しに耳を傾けていると、そのときの兵士の気持ちと私の心とが同化し、涙があふれました。

民族が滅び、国がなくなる瞬間。

このような背景から、マサダは現代ユダヤ人にとっても聖地で、イスラエル国防軍はマサダで軍将校団の入隊宣誓式を実施し、イスラエル軍士官学校の卒業生は山頂で「マサダは再び陥落せず」と唱え、民族滅亡の悲劇を再び繰り返さないことを誓うそうです。


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2015年6月2日火曜日

Israel Day 2: Negev Desert & Dead Sea -- イスラエル2日目: ネゲブ沙漠と死海

イスラエル旅行から帰ってから、仕事に追われ、スロベニアに行き、、、。
そんなこんなしているうちにイスラエルからイスタンブールに戻って、まもなく1ヶ月!
イスラエルで見て、聞いて、感じたことを、その記憶が薄れないうちに書かないと、ということで、イスラエル旅行の続きです。

さてイスラエル2日目。
ベエルシェバの遺跡、イスラエル初代首相、デビッド・ベン=グリオンが晩年を過ごした沙漠の家を巡った後、ネゲブ沙漠を歩きました。

イスラエルの国土のおよそ60%はこのような乾燥地帯。
アラブ人が『農業もできない土地』と捨てた土地に
イスラエルはあるのです。

今回私たちが歩いた辺りは、エジプトから逃れた古代イスラエルの民族指導者モーセ率いるイスラエルの民がその昔さまよったと言われている場所です。
目の前に聖書の中の世界が広がっていると思うと、感動!
でも、でも、、、
ここ、とにかく暑い!
ネゲブ沙漠から死海にかけての辺りはイスラエルでも最も乾燥している地域で、5月から10月の乾期には雨は全く降らないため、緑も非常に少ない地域。
その中を歩き、この沙漠の中に見つけたという『オアシス』を目指しました。

モーセやイスラエルの民も歩いたと言われている場所。
聖書の中の世界が、今目の前に在り、体験できることの素晴らしさ!

「暑さと乾燥で脱水症状になりやすいので、水分をまめに摂るようにしてください」と事前に言われていたのですが、私は当時のモーセたちがどんな気分でこの道を歩いたのか、オアシスを見つけたとき、どんなに感動したかをちょっとだけでも味わいたくて、オアシスまでは水を飲まないことに。

美しい岸壁。
でも暑い!

この日の気温は35度。
トルコは日本に比べてとても乾燥しているのと、私自身が沙漠の気候に強いため、水を飲まないことにストレスを感じませんでしたが、オアシスから流れてくる水を見たときの嬉しさったら!
車を降りてからここまで、時間にしたら15分ほどだったと思いますが、私は途中でショールを落としたことに気付き、一度スタート地点まで戻っていたので、喉はカラカラ。

私たちよりもはるかに長い距離を歩いてきたモーセたちがこの水を見たとき、どんなに歓喜したことでしょう。
そのとき、誰もがきっとこの水を飲んだはず。
私も口の中を湿らす程度の水をいただいて、先のオアシスを目指しました。
(※この水、衛生的に問題があるかもしれませんので、飲む方はあくまでも自己責任で。)


ここに着いたとき、水に飛び込みたいくらい感動しました。
モーセたちも同じように感じたかもしれません。

そして、行きついたところが、ここ!

この先には滝があります。
水は生物が行きて行く上で、本当に大切。

ここの水はこのときは穏やかに流れていましたが、数年に一度、雨期には下の動画のような洪水となることもあるそうです。
このような現象を『聖書にある、神の奇跡』と考える人もいるようです。


そしてこの後、ネゲブ沙漠より更に暑いと言われている死海へ。

死海は西にイスラエル、東にヨルダンと、2国間にまたがるようにある塩湖。
海抜がマイナス418メートルということから、世界で『最低』の海。
そして死海と言えば、やっぱりこれ!
もちろん私も浮きました!(写真はないけど)

死海に浮く人
(写真はWikipediaより)

世界の海の塩分濃度は平均で2.8%だそうですが、死海のそれはそのおよそ10倍の28%!
浮くこともですが、私は塩分濃度28%がどれだけしょっぱいのか、そっちに興味があって海水を舐めてみたところ、にが〜い!
これはもう塩というよりはにがり。
そんなことをイスタンブールに戻って調べていたら、『世界の果てまでイッテQ』という番組で、死海の塩水を使ってお豆腐作りをしたそうです(笑)
結果、美味しいお豆腐ができたそうです。

でもこの塩水、目に入ると大変!
私、アクシデントがあって目にちょっとこの塩水が入ってしまったんですが、ついつい癖で目をこすってしまったら、大変なことに。
涙がぼろぼろ出るけれど、目が開けられない。
すぐに海から上がって、水辺に設置されたシャワーでよく洗い流しました。

また死海は10分〜15分程度は問題ないようですが、長時間浸かっていることは、その塩分濃度の高さから、危険と注意されました。
塩水は人間の体液よりも濃度が高いため、身体の水分が奪われ脱水症状を引き起こすためのようです。

死海に向かう途中にある、
『ロトの妻の円柱』近くにある塩の結晶。

でも死海はまさに『自然のアトラクション』!
またイスラエルに行くことがあったら、是非訪れたい(浮きたい)場所の一つです。


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2015年6月1日月曜日

Street Music in Istanbul -- イスタンブールのストリート・ミュージック

この週末は久しぶりにヨーロッパサイドへ。

この日は雲が出ていたものの、その雲がまたイスタンブールを良い感じに演出してくれ、ならばガラタ塔に登ってみようと行ってみたところ、すごい行列!
ついこの間行ったときはガラガラですぐにでも登れそうなくらい空いていたのに、この日の行列はタワーをぐるりと囲むほど。
いよいよ本格的な観光シーズンが始まったなぁ、、、と、この後約束があったので、タワーにはまたいつか登ることに。

イスティクラール通りに出る少し手前で、いつもここでトルコの伝統音楽を演奏しているKarasizlarというグループがおり、少し足を止めて彼らの音楽を楽しませていただくことに。


私は真ん中の人が演奏している打弦楽器のサントゥールがとても好き。
トルコに来てから、ずっと何か楽器を習いたいと思っているのですが、このサントゥールも候補の一つ。
サントゥールは、元はイランの楽器ですが、『サントゥール』という言葉の語源がアラム語やアッカド語という説もあることから、それらの言葉を話していた、メソポタミアで長年使われて来た楽器なのでしょう。
サントゥールで奏でられる音色は乾いた澄んだ音で、中東の乾いた熱い大地と澄み切った空を連想させます。

私がイスタンブールで一番好きなグループ、Light in BabylonのMeteさんも素晴らしいサントゥール奏者です。


Light in Babylonは以前に比べてツアーが増えたようですが、イスタンブールにいるときはイスティクラール通りのガラタサライ高校近くで演奏しています。
ヴォーカルのMichalはイスラエル国籍のイラン人。
最近はトルコ語で歌うこともあるようですが、「ヘブライ語で歌うことが私のミッション」と、彼女はほとんどの曲をヘブライ語で歌っています。
1年半ほど前に初めて彼女の歌声を聴いたとき、魂が震えるような、そんな感覚を感じたのを覚えています。

そしてこのグループ、Kara Güneşもイスティクラール通りで演奏しています。


イスタンブールの通りで演奏される曲の多くは、トルコ人にとっては馴染みのある歌ばかりのようで、見ている人たちも一緒に歌い出すこともしばしば。
もちろん踊り出す人も!

週末のイスティクラールは大混雑だけれど、通りは音楽の音色や歌声が溢れています。
イスタンブールにお越しの際は、是非この雰囲気を直に体験してくださいね!


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