2014年8月11日月曜日

Paris -- パリ

この週末は、パリへ!

パリに到着した夜は思いっきり観光!
ということで、まずはエッフェルタワーへ。

パリへ行った理由はあるにはあるんですが、ほぼ思いつき。
しかも思いついてから行くまでの時間がほとんどなく、また仕事も忙しかったため、観光スポットも調べないというズボラさ、、、
とりあえず、空港から宿までの行き方だけチェックして、あとは現地に着いてから決めればいいや、と人生初無計画の旅に挑戦!(笑)


パリ2日目からは、地元の人に教えてもらったコースで。
ここはサンジェルマン通り。
パリは目的なく歩くのが一番楽しいかも。

それが良かったのか、現地では思いがけず素晴らしい出逢いに恵まれ、想像していた以上に楽しい時間を過ごすことができました。
パリやパリに住むフランス人には長年変な思い込みがあったんですが、会う人たちは誰もが親切だけど干渉し過ぎず、そして適度に緩くて、私的にはとても楽!

最終日は早起きして、まずはサント・シャペルへ。
2階のステンドグラスは息を飲むほど美しい。

そしてその足でルーブル美術館へ。
以前から見たかったダ・ヴィンチの作品2点を見た後、
もちろん、モナ・リサも見ました!

今回は久しぶりの一人旅。
気兼ねのない一人旅はやっぱり楽しい!

2014年8月8日金曜日

Thunderstorm -- 雷雨!

昨年の7月にイスタンブールに引っ越して来て2度目の夏の今年。

暑くても、湿気の少ない過ごしやすいイスタンブールの夏は何処へ?と思うほど、今年の夏は昨年より蒸し暑く、そして何より突然の雷雨の多いこと!
昨夏は雷雨はおろか、雨さえぱらつく程度の日が何日かあっただけと記憶していますが、今年は5月から6月にかけて数日間連続で、そして先月も今月も、激しい雷雨の日が何度かありました。

雲が立体的。
このときの空は、まるで絵のよう。

昨日も昼過ぎまで蒸し暑かったのですが、夕方4時頃に急に風向きが変わり、冷たい風が吹いてきたなぁ、雨が降るかなぁ、と思っていたら、空がみるみる真っ暗になり、気温もあっという間に30度から21度へ。
雷が鳴り始め、空がピカピカ光り始めた直後に、大粒の雨が降って来ました。



イスタンブールは水はけが悪くて、大雨が降ると町の通りが川のようになってしまうこともしばしば。
先日も突然の激しい雨の影響で、タクシムにあるイスティクラール通りが水浸しになったばかり。
この日の夜はタクシムに出掛けなくてはいけない用事があったためその後の雨が心配でしたが、土砂降りの状態はそれほど長く続かず、私がタクシムに向かう頃には、雨も上がってくれました。

目の前に現れた不思議な形の雲。
UFOみたい。


そして、夜には月も顔を出してくれました。

満月には少し早いけど、月はすでにとても明るい。

10日の日曜日は満月。
ただこの日はただの満月ではなくて、今年最大のスーパームーンで、普段の満月より大きさは14%、明るさは30%も増すそうです。
その影響か、今日の月もとても明るく、海の表面を美しく照らしてくれていました。

日本は台風が接近しているようですが、日曜日に月が顔を出したら、月の光を浴びながら、美しい満月を楽しんでくださいね☆

2014年8月6日水曜日

原爆の日に思う

1945年8月6日午前8時15分。
暑い夏のこの日、広島に原爆が落とされた。

原爆ドーム。
(写真はAPF通信社より)

原爆は一瞬にして7万戸の家を破壊し、10万人以上の人の命を奪った。
あれから69年。
その時に受けた原爆の影響により、今でも多くの人の身体的、精神的な苦しみは続いている。

私は10代から20代にかけてアメリカに住んでいた。
その間、戦争のことを一度も聞かれたことがなかった。
けれど、両親と一緒にアメリカへ旅行したとき、ホストファミリーのおじいちゃんから初めて聞かれた。
「日本人は、戦争でアメリカが日本にしたことで、アメリカを、アメリカ人を憎んでいないか?」と。

みんな口には出さないけど、実は気にしていたんだなぁ、とその時初めて思った。

私の母は幼い頃空襲を経験していた。
祖父も戦争に行ったし、戦死した身内もいた。
両親は黙っていたけれど、しばらくして母が言った。

「終戦後、私の父は生活のために鉄くずを集めていたんですが、ある日、リヤカーが重たくて坂を上れないときがありました。その時、近くを通ったアメリカ軍の車からアメリカ人の青年が数人降りて来て、リヤカーを押すのを手伝ってくれたそうです。敗戦直後、しかも相手はアメリカ人。父も嫌で断ったそうですが、それでも笑顔で手伝ってくれる青年たちに接して、心がほどけたそうです。帰って来て、戦争が終われば、アメリカ人もいい人なんだなぁと、笑顔で父が言っていたのを思い出します。」

起きてしまった事実を変えることはできない。
けれど、そこから学んだことで、私たちが変わることはいくらでも出来る。

これからも、日本は戦争をしない、平和な国でありますように。
そして日本と同じように、戦わないことを選択する人や国が少しずつでも増えていきますように。